~古希の新入生~

 

~古希の新入生~

スティル・アカデミー・ジャパン(SAJ)に入学して
                        SAJ1期生 : 牛山 力男 (甲府市72歳)       
平成21年、ある夏の夜、久しぶりに原田会長に東京でお会いし、食事を一緒にした。 「牛山先生、スティルアカデミィジャパン校にお入りになりませんか?」 原田先生から突然こう言われた。フランスの一流のオステオパシーの学校を、そのまま東京で開校する、それをJOMAが実現するという話は以前から聞いていた。凄いことだと思っていたが、私は入学する気はまるでなかったので、にべもなく断った。 「私は70歳になったら、もう勉強は止めようと思っていたのです。もう集中力も理解力も落ちたし、それに新しいことを覚えると、治療をまた変えなければならないから」「そんなことはないですよ、セミナーではなく学校ですから、基礎的なことばかりですから、勉強しても治療を変えることは殆どないでしょう。」「30人の定員ですが、まだ21人しか決まっていないので採算がぎりぎりなのです。」とも言われた。 しかしちょうど71歳になった自分は、もう勉強はすまい、とかたく決めていた。10年位前からどこのセミナーへ行って勉強していても、最高齢者でセミナーの足を引っ張っていたような気がする。今勉強中のメカニカルリンクのシリーズが終えれば、それでおしまいと考えていた。原田先生もそれ以上はもう私を誘うこともなく、久しぶりの再開を懐かしい思い出話に花を咲かせて9時頃別れた。新宿から10時発の特急列車の中で、先ほどのフランスのオステオパシーの東京校のことを考えていた。 『70歳からはもう新しい勉強はすまいときめていたが、人生はー度しかないしなぁ。』と、さっき原田先生に断わったこととまるで違ったことを考えている自分がいた。 『そうだ、人生は一度しかないんだ。やり直しはきかないんだ。やっぱり学校に入って、基礎から勉強しなおそう。』甲府に着く頃にはもう完全に決めていた。71歳の老人が20歳の青年になったような気がした。そう、プロ野球でいえば敗戦処理のピッチャーからこれから始まる日本シリーズのエースのような気持ちになっていた。今までも結構、積極的な気持ちで毎日の治療に取り組んでいたつもりだが、守りに入っでいたのだと気がついた。『学校に入ろう』と決心した途端、回りに光がさしたように明るくなった。明日からの治療室が楽しみで仕方がなかった。
 
平成21年11月27日、前夜の入学式に続く第1回目の授業、ATSAのランブルー学長による『骨盤・腸骨』の講義が始まった。朝8時30分から夜7時まで続く授業は、かなりハードだが、学長の力強い講義に集中力が途切れることはなかった。治療室に帰れば早速戦力になりそうなことばかりである。 平成22年1月、「触診解剖」の授業の時、原田先生と一緒の席で勉強することになった。「触診解剖」の授業というのは、骨の各部の名前や筋肉や靭帯のついているところや名称の勉強である。「これがセミナーだったら受講生は一人も集まらないでしょうね。」と私は隣の原田先生に話しかけた。先生は笑てうなずいた。「触診解剖」のような即戦力的でない授業は、セミナーだったら魅力のないものかもしれないが、とても重要な勉強であることを生徒達は感じていた。私もいままで沢山のセミナーで勉強してきたが、講義のなかで理解している解剖の部分のテクニックは覚えられるが、理解していない解剖がでてくるとそのテクニックはまるでだめだと痛感している。学佼だから自分の好きな勉強だけ選んでするわけには行かない。学校だから勉強できるのだ。 平成22年7月のランブルー学長による「筋膜の治療」の授業で1年度の授業は終了した。平成22年11月からは2年生だ。 1年度は主に筋骨格系の授業で、脊椎の矯正や、関節の治療だった。「触診解剖」以外は、即戦力になるテクニックの勉強で、その意味では全く「セミナー」だ。でもセミナーとは違うというのは、即戦力のテクニックの勉強でありながら人体のすべてを理解できるように授業が構成されているのがわかる。
古典的なテクニックだというのに、全て理論がきちっと通っていて近代医学的に確立されている。だいたい自分が好きな科目を選んで勉強しているのではない。伝統ある学校の教程に沿って順を追って勉強しているのだ。1年度は筋骨格系が主だったが、これから内臓頭蓋仙骨の治療が入ってくるらしい。世界のトップレベルといわれるフランスの内臓の治療の勉強ってどんなだろう? と考えるだけでもわくわくする。 2月はドミニク・テブノ先生による『末鞘下肢』の授業、下肢関節の診断と治療だった。治療はリコイルによる矯正法も簡単に紹介されたが、主にスラストだ。私が行っている長生療術は脊椎矯正と関節の矯正が主だから、非常に興味を持った。テブノ先生はショフール先生(メカニカルリンクの創始者)の影響をかなり受けているらしくショフール先生の名前や、メカニカルリンクの話が良く出できた。 「関節の病変は骨内病変が多く重要だ。」ともいわれていた。骨内病変やリコイルはメカニカルリンクで徹底的に勉強したので、良く理解出来た。メカニカルリンクには関節のパートの診断と治療があるが、『末梢下肢』の授業を受けて、その深さを改めて理解出来た。またメカニカルリンクの勉強をしていたから末梢下肢を理解出来た部分も多かったと思う。 私のような年寄りの学生には、このように建物を先に建てて後から本格的な土台を入れていくようなことが起こってくるのだろうか? それにしてもこの学校のコースを30歳台、40歳台で勉強している大勢の若い生徒たちはなんと幸せなことか? やはり本格的な土台をまず作っておいて、後から立派な建築を建てるほうが良いに決まっている。 私には時間がもうあまりない、だいたい卒業まで持つかどうかも分からない。でもこんなにすごい学校が日本に出来てよかった。入学できてよかった。あの時、夜汽車の中で決心して,本当に良かったと思う。

 

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